紅旗征戎吾ガ事ニ非ズ1998/06/01 12:50

昨年、「冷泉家の至宝展」が東京都美術館で催された。

藤原俊成・定家以来の和歌典籍や肖像画などが初めて
公開された。肖像画は「神上げの儀式」を行った上での
展示であった。800年にわたる秘庫の扉が今、開かれる
というのでご覧になった方も多いであろう。

これは、もはや個人では持ちこたえられない、という御当
主の決断で、財団法人化するに当たって、資金の一部を
賄うためであった。国宝や重文を守り伝える新たなる一歩
が踏み出されたことは慶賀に堪えない。

しかし、冷泉さんがいみじくも語っていたように、モノを保
護するだけのことなのであるから、前途はそれほど明るい
とは言い難い。なぜならば、それらのモノをそこにあらしめ
ている人々の心をつなぐことなくしては、やがてモノは消え
てなくなってしまうからである。それは、先月号でふれた大
師講でも事情は同じである。さらに、地域伝統芸能にみら
れる後継者問題では、一層顕著に現れている。横笛を吹
ける人が消えつつあるときに、笛を空調完備で保存したか
らといって、残す意義がどこまで伝わるであろうか。

文化財のモノを残すことには法律が整えられ、個人の負
担では不可能でも、保存する道が開けてきている。その
反面、その限界を露呈していることが人の側面である。

  「先祖への素朴な畏敬の感情、語り伝え、引き継い
  でいく志。冷泉の家に生き、そして今も集う人々の
  温もり、息遣い、情感・・・」(冷泉貴美子)

この国には面白い法律がある。それは、「地域伝統芸能
活用行事の実施による観光・特定地域商工業振興法」
と称する。これは、極めて大雑把にくくって地域伝統芸
能と神楽はニア・イーコールとみなせば、神に祈る形か
ら観光客に見せるようにすれば、お金を出しますよという
法律なのです。

豊作を祈り、それを神とともに喜ぶということが生活の
足場であったことは脇に追いやられてしまった。経済大
国日本では、何でも金で解決するところでもある。

丸ビル解体作業中に、9階屋上機械室壁内から、「丸之
内ビルヂング守護観世音」像が出現した(注)。故赤星
陸治氏が埋め込んだらしい。記録がないので事情は不
明とのことであるが、ビル完成の半年後に発生した関東
大震災による大きな被害はなかった。

(『自遊人 COM 』1998年6月号;#152掲載)

注 読売新聞 1997年(平成9)8月9日夕刊: