慶長地震#22015/02/17 20:25

とりあえずの整理:
A:『国史大辞典』
B:『日本被害地震総覧』
C:『ビスカイノ 金銀島探検報告』
D:『日本史総合年表』


1596.9.5 (文禄5/慶長元年閏7月13日)

A:山城・摂津・和泉など・・・特に京都三条から伏見に至るまで
 震害最もはなはだしく・・・伏見城殿舎が崩れ落ち・・・
 『地震加藤』
 M7.0
B:伏見城天守大破、石垣崩れ、上臈73人・中居下女500余人圧死
 方広寺大仏大破
 明使と従者5〜6人大阪で死亡
D:機内大地震、伏見城天守など倒壊

1605.2.3(慶長9年12月16日戌刻) 注、1605年は1604年?

A:大津波発生。東海道〜南海道・西海道まで広い地域にわたり、
 特に津波の害を受けた地方にその被害が語り継がれている。
 津波は薩摩〜房総半島までの太平洋沿岸でおこり・・・
 M7.9
B:東海・南海・西海諸道。二つの地震が生じたものと考えられる。
 津波は、浜名湖近辺の橋本で100戸中80戸流出・・・紀伊半島
 西岸の広村で1700戸中700戸流出、阿波の鞆浦で波高30m、
 死100余人、宍喰で波高6m、死1500余人、土佐の甲浦で死
 350余人・・・
D:記載なし

1611.9.27(慶長16年8月21日辰の下刻)

A:記載なし
B:会津若松城の石垣悉く崩れ、殿守破損・・・柳津虚空蔵・立木
 観音・新宮等の神社仏寺の堂塔倒潰・大破多く、民家も多く
 潰れ(2万余戸)、死3700余。・・・
C:慶長16年10月28日(9月23日)のくだりに、「会津地方に大
 地震」の記述あり。
D:記載なし

1611.12.2 (慶長16年10月28日巳刻以後)

A:記載なし
B:三陸沿岸及び北海道東岸。震害は未発見、津波による被害が大き
 かった。伊達政宗領内で死1783人、南部・津軽で人馬死3000余。
 死者は鵜住居・大槌・横沢で800人、船越50人、山田20人、津軽石
 150人。
 大波は3回押し寄せ、海が鳴ったという。
 仙台市内の荒浜・三本塚・下飯田新開は荒地となり新田開発が行
 われた。岩沼辺では家屋残らず流出。
 相馬中村海岸に被害(死700人)
 今泉(陸前高田市)で、溺死50人。家は殆どながさる。
 宮古でも一軒残らず波にとられる。
 津波の波源は昭和8年の三陸地震の波源とほぼ一致する。
C:『ビスカイノ 金銀島探検報告』(ノート#1)
D:記載なし

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