人間における自然ということ#32019/01/22 09:45

   from ibid.

エネルギーの圧縮と凝固

>凝集し、密度を増し、圧縮されたエネルギーが噴出するのは当
  然である。この行程途中につかえがあり、つかえがあった為に、
  それがまとまって噴出したというべきだろう。それ故に激しい。
  人間が怒鳴ったり唱ったりすることだって同じである。圧縮度が
  高まれば、つい声も大きくなる。しかし人間の場合はただ声が
  出るというだけでなく、その声の後ろに人間の生命がある。だ
  から、目的に向かってこの声が出るということにその生命が現
  れる。

  凝集密度が亢まると、自づと圧縮漏れ現象が生じる。猫を相
  手に長々と愚痴を並べたり、何でもないことにツンツンしてみ
  せたりするのがそれである。これが行われておれば、大がか
  りな噴出はない。圧縮漏れが閉ざされると圧縮度が亢まって、
  つい行動が過激になる。ひと度要求によって動員された潜在
  エネルギーは圧縮度が亢まると、その目的達成まで行動をや
  めない。意志で抑えればいよいよ亢まる。要求を引っ込めても
  一旦動き出すと止まらない。要求を果たしても余波がある。人
  間の裡に、人間に背いて人間を行動せしむるものがあること
  を忘れてはならない。

>圧縮エネルギーの急速噴出の端的は破壊である。その相手が
  いなければ自分を毀すより他ない。自分は一番手近い。それ
  故、自暴自棄行為の発生も偶然ではない。
  エネルギーの圧縮、凝固が病気を体に作り出し、自己を破壊
  に導くこともしばしばある。次々に生じる欲求の為、実現が遅
  く感じ、欲求不満が生じ、また中には自分でもどんな欲求か分
  からないのに欲求不満だけを感じ、その実現の見当がつかぬ
  為自分へ八つ当たりしている慢性病も少なくない。

◎病気は体の故障だと考えている人も多いが、体以前の動きに
  已に病気があることを注視すべきである。