『ペスト』#16 ― 2020/05/03 16:48
>10月の初め・・・リウーと友人たちは、その時、どの程度にま
で自分たちが疲れているかということを発見したのであった。
医師リウーは、友人たちや自分自身の態度に奇妙な無関心
さが増大しつつあるのを看取して、そのことに気が付いた。
(予防隔離所の一つの管理を任されていた)ランベールはペ
ストの犠牲者の一週間の数を言うことはできなかったし、ペス
トが昂進中であるか、衰退中であるかについては実際に知ら
ないでいた。しかも彼としては、それががすべての事実にも
かかわらず、近々脱出できるだろうという希望を持ち続けて
いたのである。日夜めいめいの仕事に没頭しているその他
の連中となると、新聞も読まず、ラジオも聞かなかった。そし
て仮に誰かが、ある結果を報告すると、彼らはそれに興味を
持つような振りをするが、しかし実際にそれを迎える態度は
上の空の無関心さであった。
>リウーは自分の疲労ぶりを判定することができたのであった。
彼の感受性はもう彼の自由にならなかった。大部分の時は
硬直したまま、硬化し、干からびてしまっていたが、それが
折々堰を切っては、もう制御のできないような感動に溺れさ
せてしまうのであった。
彼の唯一の防御は、例の硬化作用に逃げ込み、自分の内に
できている結ぼれを固く引き締めることであった。
彼の疲労は彼が未だ抱き続けていた幻想まで奪ってしまっ
た。というのは、まるで期限の見当もつかないある期間にわ
たって、彼の役割はもはや治療することではないことを彼は
知っていたのである。彼の役割は診断することであった。
発見し、調べ、記述し、登録し、それから宣告する。これが彼
の務めであった。彼は命を助けるためにそこに控えているの
ではなく、隔離を命ずるためにそこに控えているのであった。
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