定年後、自分らしく生きる2016/01/01 11:57

・中年からは自在に:

2~30代くらいでは、いろいろと自分の可能性の道が見えている
ようでも・・・そこでいっぱしにならねばならぬようで、肩に力が入
る。窮屈なものだ。これが中年を過ぎると、周囲からのプレッシャー
は少なくなる。60を超えると、ちょっと新しいことをしただけで、周
囲が感心してくれる。

「なんでもあり」が、年をくった特権なのだ。

それにもかかわらず、中年を過ぎて道が固まって、狭くなったよう
に思う人がいる。これは、今まで築いてきた流儀ですべてを律し
て、安心したがっているからだろう。・・・時代は変わっていくことだ
し、安心はいつでも不安に逆転しかねない。

過去の流儀にこだわらなくてもすむと思えば、中年からの人生は
むしろ自在になる。・・・どんどん自由になるのでなくては、人生
だって暗くなる。

・・・この頃だと、たいていのことは老人の愛敬で許してもらえそう
な気がして、大いに世間に甘えている。新しいことを論じたりして
も、いまさらその道で名を上げて、他人に認めてもらう必要なんか
ないから気楽にできる。もはや権威を必要としないというのは、と
ても自由なものだ。

・忘年の交わり:

老後は人との付き合いは、とても大切。何となく気が合い、たまに
一緒にお酒を飲むと話が弾む友達・・・同年齢だけでなく、年齢差
のある若い人や老人も友達につくっておくと大変楽しい人生になる。

いよいよ隠退生活2012/12/31 13:36

本日を以って、遠野まごころネットとの雇用契約が
終了しました。
3.11発災後、13ヶ月間を支援活動に費やしたこと
になります。まごころには、20ヶ月位の方も大勢お
られますから、長いか短いかではなく、一度、深呼
吸をして振り返って見ることが必要かもしれません。

それは、この間の仕事が小生の本来的なものでな
いことは明らかですし、老兵は常に去り行くことを考
えに入れておかねばなりませんから。

順序が狂ってしまったかもしれません。今年一年の
感謝を慌てて申し上げます。

老いぬれば
からだつよきは
恥なりと
アンチエイジの
世間を嗤う

仕事納め2012/12/26 13:39

十六夜の満月を雨雲が隠してしまうなか、本年の仕事を終え、
帰途についた。

遠野では風化防止ということで、活動を終えて戻られるボラン
ティアさんに、必ず被災地での見聞を伝えてくれるように頼ん
でいる。小生も10月に戻ったので、風化防止に務めなくてはな
らないのだが、求められない限り、被災地の話をすることはない。

既に遠い遠い昔のことでしかないような、TPOにそ
ぐわないような、そんな場にいるように感じるので。

東日本大震災追悼演奏2012/12/23 13:46

「銀河鉄道の夜」(宮澤賢治)には、タイタニック号
沈没からのモチーフにより描かれている箇所があ
るとのことでした。

映画のタイタニックでも感動的なシーンに、沈みゆ
く船中で楽士たちの演奏がなされたことも、当時、
新聞で報道されており、賢治も知っていたとのこと
でした。


https://youtu.be/t1YxV9tV0jw?t=1s

《 BIG ISSUE な人》2012/12/14 13:51


11月下旬より行われている、巣鴨駅頭での「被災地にサンタを
派遣する」プロジェクトの募金活動が余すところ1週間となった。

ローテーションの谷間を埋める格好で、週に2~3回参加してき
たが、予定的には出番がなくなったので、エピソードを残す。

BIG ISSUE は、ホームレスの方々が駅立ちで販売している雑
誌です。1冊300円で、160円が彼らの収入となる。遠野まごこ
ろネットでも、CFW(キャッシュ・フォー・ワーク)の商品、まけな
いぞー、復興雑巾、etc.、を販売しており、システム的には同
工異曲だろう。

巣鴨駅頭での彼であるが、ツカツカと我らの方に寄ってきた。
何度か募金を入れてくださっているので、今日は売上好調な
のかなぁ、と思った。

「おかげ様で、<研修中>のプラ(カード)がとれました」
「えっ、研修だったの・・・今日から、正社員ってなわけ?」
「ええ、ここで、ズーッとできます」

「社司」考2007/06/02 07:25

<八剱神社>軸に見られる「社司」考

先ず読み下すと中央の「八剣神社」は問題なかろう。脇書きは、
「懸社意富比神社々司敬書」と読める。

そこで、先ず、「社司」とは、何かということである。日本国語
大辞典に拠れば以下の説明となる。明治27年(1894)に定められ
た神職の職名の一つ。府社・県社・郷社および内務大臣が指定す
る護国神社の神職。一社一人でその神社の首長として祭祀・庶務
を管掌した。昭和21年廃止。

軸の状態と相俟って、これで昭和初期の頃であろうとの漠然たる
予想ができよう。
いま、品川区教育委員会発行の『品川区史料(六)』(副題:品
川の天王祭)所収から、「祭礼案内」にその使用例を探すと、以
下の如くである。

(1)明治四十年・・・品川神社社務所
(2)大正七年 ・・・品川神社社務所
(3)大正十一年・・・品川神社社務所
(4)大正十二年・・・品川神社々務所
(5)昭和三年 ・・・品川神社社々所(ママ)
(6)昭和六年 ・・・品川神社々務所
(7)昭和九年 ・・・品川神社々務所
(8)昭和拾貮年・・・郷社品川神社々司
(9)昭和十八年・・・品川神社々司
(10)昭和十九年・・・品川神社々司
(11)昭和二十一年・・品川神社々司
(12)昭和二十三年・・品川神社宮司

ここからは、昭和十年代に用いられたことが見て取られる。

また、気になるところは、この軸の使用法の方である。これ
に関しても同書の以下の記述が参考になるであろう。それは、
神輿渡御を迎える各町会毎に設けられる「神酒所」に関する
記述である。

(神酒所は)壁には紅白の幕を張り巡らし、正面に「品川神社」
と書かれた掛け軸を掛ける。掛け軸の下には三段の祭壇を組み
立て、・・・神酒所の御神体となるのは神酒所の正面に掛けら
れる「品川神社」と書かれてある掛け軸である。掛け軸は町会
毎に違いがある。・・・(町会によっては)祭壇の一番上の段
に獅子頭を飾る。

以上のことから推測できることは、八剣神社の祭礼においても、
昭和の戦争前期においては、神輿渡御が行われ、それを迎える
町会では神酒所を設けて接待したであろうことである。

戒名考2007/05/22 20:00

戒名に関わる混乱がある。

戒名とは、戒を受け、仏弟子として戒を守ることを誓った者に対して
授けられる法名である。したがって本来であれば生前授戒すること
がその本義である。ところが、今は、大多数の者が臨終授戒となっ
ているために「戒名料」という名のお布施が悩ましい存在となってい
る。

その混乱の底には、次のようなものが横たわっている。

それは、仏教葬儀を行えば無条件に付与されるべき基本の戒名に
「戒名料」という条件がついたことと、追善的上位戒名の「戒名料布
施」が一部の寺で高額になったことである。しかし、これには寺院側
のリードだけではなく、民衆側のニーズもあったことが窺われる。

明治の廃物毀釈、第二次大戦後の農地開放により、寺院の経済的
基盤が失われて行った。それでも、昭和三十年代までは地域共同
体が機能していた。そこでは、寺壇関係を基にした暗黙の了解事項
としてのルールが伝統的な儀礼や宗教慣習として機能していた。

ところが、大都市周辺での急速な都市化は寺壇関係を持たない世
帯を急増させてしまい、そのような民衆は先祖信仰よりも現世主義
の傾向が強く、拝金主義的である。
また、寺院側の歴史的背景としては、江戸時代の寺請制度により恒
久的に檀家を確保することが可能となったが、その引き替えに布教
活動は禁止されてしまった。生前に行われるべき布教活動が行えず、授戒も当然のことながら開莚されることが少なくなり、臨終授戒の風
習がここに興った。

「地域社会に生まれ、地域社会で亡くなり、地域の習慣で弔われた
ような風習」が廃れた所では、寺院の経済基盤を再構築する手段と
して、葬儀が注目されるようになった。死亡時の社会的地位に依存
する葬儀、戒名の文字数の増加傾向がみられるようになり、寺壇関
係のない世帯の葬儀では、「寺への貢献」の一時払いが「戒名料」
として定着してきたのである。

浄土宗総合研究所は、平成11年に、「戒名に関する調査」を実施し、
この問題に対する僧侶の意識を聞いている。そこでは、信仰の商用
化(70.7%)、拝金主義的風潮(60.3%)、葬儀のビジネス化(49.7%)が
高い評価を得ていた。

さらに、対応としては次のような考えを打出している。

  「従来の位号・院号授与は地域共同体の中で明示的ではないが
   公開性をもって授与されてきた。(その)地域共同体の崩壊がし
   ている地域では、僧侶と葬家の間で密室的に授与されていると
   の印象が強く、位号、院号の授与基準、授与方法に公開性を持
   たせる必要がある。」

今後検討すべき事項として、位号、院号の授与基準を公開し、「壇
信徒功績点制度」のようなシステムを導入しようと言うのである。

  cf. 「戒名に関する調査について」浄土宗総合研究所 今岡達雄

「災」の年の終わりに2004/12/26 09:22


 今年を象徴する漢字は「災」と決まったとのこ
とです。なかでも風水害による農作物の被害は、
野菜価格の高騰により、一般家計にまで波及し
ました。

 そのような折、落ち着いた価格で推移していた
ものの一つに人参があります。スーパーで、故郷
の地から出荷された人参を手に取り、台地の畑を
思い浮かべました。水利の利かなかった台地を畑
として耕してきたのです。春一番が吹く頃は、周辺
一帯は中国大陸の黄砂のように砂塵が舞うところ
です。

 しかし、幸いなことに、災害にみまわれることはな
かったようです。

 今のところ暖冬ということで、過ごし易い日々です
が、四季それぞれに穏当に巡って行って欲しいと思
います。

鶏鳴2004/12/22 17:18


 ホームに立てば、ほどなく電車が滑り込んで来
る生活から、時刻表を確認しながら行動する生活
へと変わりました。
 そんな私にとっての必需品が、駅で配布されて
いました名刺型の時刻表です。表には松本方面、
裏に大町方面が印刷され、便利に使っています。

 このように書くと、大変不便な生活になったよ
うですが、そう単純に割り切ることはできません。
いつでも乗れるというダラダラした時間の使い方
から、スケジュールをしっかり掴んだシビアな時間
管理へと変わっわけですから。

 来年は、時を告げるという「鶏」年です。人生
の残り時間を、しっかりと胸に刻んで行こうと思
います。

はかり資料館2004/11/25 15:11


 蔵のある街「中町」(松本市)を歩きました。
そこで、「松本市はかり資料館」に出くわし、
はかりは重要な役割を果たしている割には
軽視されているなと感じ、入ってみました。

 そこには、重量計ではない「秤」が所狭しと
並べられており、中でも雌雄選別器なる不思
議な秤に興味を覚え、どのような原理で雌雄
の判別を行うのかと尋ねてみました。

 基準の錘と繭との0.05gの差でその雌雄を
判別すると聞かされ、思わず「本当ですか?」
と失礼なことを口走ってしまいました。すると、
そんなにうまく行く筈がない、とのお答えに二度
ビックリ。

 要は、体格の立派な重い繭を再生産するた
めに用いていたのが事実ではないかとのことで
した。秤にのせられていた繭は、養蚕農家のふ
ところとバランスしてたのかと、資料館を後にし
ました。