星新一の場合#42021/02/01 15:02


>会社を退き、作家として立とうという意気に燃え
 ていた頃の新一は、これまでとは別人のように
 自信に満ちていた。自信過剰ではないのかとい
 う周囲の危惧をよそに、新一の才能はまさに本
 来の活路を得て開花していく。

 会社も精算してしまい、もういい年なのに働くこ
 とも、結婚もしないで小説を書くなどと言い出し
 た新一の様子に一番胸を痛めていたのは、母
 親の精であった。せめて身を固めさせればと考
 え・・・見合の相手は村尾香代子という20代半ば
 の女性だった。彼女はバレリーナで、雑誌のモ
 デルを務めたこともある美貌の女性だった。二
 人は会ってすぐに意気投合し、間もなく婚約した。

 経営者として踏ん張ろうと藻掻いていた時は、
 何をしても、すべてが裏目裏目に出て、失敗続
 きだったのに、会社というしがらみを切ってから
 は、やることなすことが上手くいった。
 麻布十番の2DKのアパートには書斎もなかった
 が、時には月10本もの作品を書く多忙な日々を
 過ごし始めた。生活が夜型になり、妻が眠って
 いる横で、唸りながら原稿を書いていた。

 『人民は弱し、官吏は強し』は、普段は感情的
 になることを避け、過去のことに触れることもな
 かった新一が自分の中にずっと押し殺してきた
 怒りを、小説という形で爆発させた例外的な作
 品である。「昭和の借金王」などと揶揄された
 父の星一の名誉挽回にもなり、新一自身にとっ
 ても、過去の呪縛を克服し、そこから解放され
 るうえで、胸がすくような意味を持ったようだ。
 理不尽な運目と闘う父の姿は、かつての新一
 自身の姿でもあったのだろう。ビジネスで父の
 敵を取ることはできなかったが、ペンの力で、
 彼はそれをやり遂げたことになる。

コメント

コメントをどうぞ

※メールアドレスとURLの入力は必須ではありません。 入力されたメールアドレスは記事に反映されず、ブログの管理者のみが参照できます。

※なお、送られたコメントはブログの管理者が確認するまで公開されません。

名前:
メールアドレス:
URL:
コメント:

トラックバック

このエントリのトラックバックURL: http://shoyuclub.asablo.jp/blog/2021/02/01/9544780/tb

※なお、送られたトラックバックはブログの管理者が確認するまで公開されません。