『ペスト』#312020/05/22 15:09


>希望なくして心の平和はない。そして何びとたりとも断罪
 する権利を人間に認めなかったタルー。しかし何びとも断
 罪せずにはいられず、犠牲者たちさえも時には死刑執行
 人たることを知っていたタルー。彼は分裂と矛盾の中に生
 きて来たのであり、希望というものはついに知ることがな
 かったのである。
 そのために、彼は聖者の徳を望み、人々の奉仕の中に
 心の平和を求めていたのであろうか?
 一つの生の温かみと、一つの死の面影、知識とはつまり
 これだったのだ。

 おそらくそのせいであったろうが、リウーは朝方、妻の死
 の知らせを平静に迎えた。・・・窓から、港の上に明け染
 めた、素晴らしい朝景色を、いつまでも見つめていた。

>「いいこったよ、ああやって浮かれてみるのは」と、爺さん
 は言った。 「ところで、例のお連れさんは、先生、どうなり
 ました?」
  「死んだよ、ペストでね」
  「まったくね、一番いい人たちが逝っちまうんだ。それが
  人生ってもんでさ。だが、あの人は自分が何を望んでる
  か、ちゃんと知ってたんだろうな」
  「どういう訳で、そんなこと言うんです」
  「あの人は喋っても意味のないことは言わなかったね。他
  の連中は皆な言いまさ、『さあ、ペストだ。ペストに罹った
  ぞ』なんてね。でも一体何かね、ペストなんて?つまりそ
  れが人生ってもんで、それだけのことでさ」