『ペスト』#42020/04/16 17:58

>リウーがしきりに主張した結果、それもまるで見当違いな主張
 のようにみなされはしたものの、県庁に保健委員会を召集して
 もらうことができた。知事は「まあ、早いこと済ますとしましょう。
 但、目立たないようにね。君は知ってるかい、県には血清がな
 いんだよ」と言った。「この病を終息させるためには、もしそれが
 自然に終息しないとしたら、はっきり法律によって規定された重
 大な予防措置を適用しなければならぬ。従って慎重考慮を要す
 る」。
 「問題は、法律によって規定される措置が重大かどうかという
 ことじゃない。それが市民の半数が死滅させられることを防ぐ
 ために必要かどうかとうことです。あとのことは行政上の問題
 ですし、しかも現在の制度では、こういう問題を処理するため
 に、ちゃんと知事というものが置かれているんです」。

>例の「特別に設備された病室」に至っては、リウーはその実状
 を知っていた。二つの分館病棟から大急ぎで他の患者たちを
 移転させ、その窓を密閉し、その周囲に伝染病隔離の遮断線
 を設けたものである。流行病の方で自然に終息するようなこと
 がない限り、施政当局が考えているぐらいの措置では、到底そ
 れに打ち勝つことはできないであろう。

>三日の間に、事実、二つの分館は満員になった。当局はある
 学校を接収して、予備の病院を準備しようとしているらしい・・・
 知事はご当人の言い草によれば、自らの責任において、直ち
 に明日から所定の措置を更に強化することにした。申告の義
 務と隔離とは続行される。患者の出た家は閉鎖され、消毒さ
 れねばならず、近親者は一定期間の予防隔離に服し、埋蔵
 は市によって営まれる。

>知事により「ペスト」が宣告され、市の門が閉鎖されてしま
 うと、自分たち全部がすべて同じ袋の鼠であり、その中でな
 んとかやっていかねばならぬことに、一同が気がついた。
 恐怖心とともに、この長い追放の期間が主要な苦痛となった。

 市門の閉鎖のもっとも顕著な結果の一つは、事実、そんな
 つもりのまったくなかった人々が突如別離の状態に置かれた
 ことであった。・・・数日後、あるいは数週間後に再開できるも
 のと確信し、人間的な愚かしい信頼感に浸りきって、この別離
 のため、ふだんの仕事から心を逸らすことさえ殆どなかった
 人々が、一挙にして救う術なく引き離され、相見ることも、また
 文通することもできなくなった。
 この病疫の無遠慮な侵入は、その最初の効果として、この町
 の市民にあたかも個人的な感情など持たぬ者のように振る舞
 うことを余儀なくさせた。