「触手」(塔和子)2021/01/08 15:33


 あの夜もしあなたが一錠の避妊薬
 を飲んでいたら
 私は産まれなかった
 この明るみにいるものは
 あなたの受胎ののっぴきならない
 結果
 母よ
 あなたの夜の満干は
 私の生のよろこび私の生の不安
 受胎の前の混沌につるされて
 ゆれる不安とよろこびは
 巻付く高さをさがす朝顔の
 ふるえる触手そっくり
 あの夜もし
 あなたの夫が不在だったら
 私は産まれなかった
 父の精液の中を浮遊して流れた
 であろう私が
 いまここにいる
 肉体として形になったばかりに
 あなたを母と呼び父を父と呼ぶ
 いじらしい関係ははじまって
 皿に盛られた赤いトマトを
 美味しいと思い
 服を着るとき似合うか
 似合わないかなど
 気をもみ
 ペンを持って考えにふける私
 このすべてのありなれた日常
 が私で
 手足や顔をさすってまぎれもない
 存在の実体に
 改めて会う
 そしていまは
 遠いふるさと土にかえった
 あなた達に
 まきつくすべのない片方の
 触手を伸ばすのです