母親になることへの葛藤2021/01/19 17:01


    from 『シックマザー』(岡田尊司)

>シックマザーが自己愛障害の一つの形態であること
 は、自分の分身であると同時に独立した存在でもある
 我が子を持つという体験の存在論的な意味とも関係し
 ている。

 子どもを産み育てるということは、自己複製という側面
 と、自己犠牲という側面を持つ。
 そこでは何重にも自己は揺さぶられ、試されることに
 なる。自分のことだけを考えていればよかったのだが、
 自分の中で生まれた別の存在に没頭することを求め
 られるだけでなく、それほどまでに同一化し、ありたっ
 けのものを注ぎ込んで育てた存在が、やがて離れて、
 独立した別個の存在になっていき、時にはこちらを否
 定することがあっても、それを受容しなければならな
 いのだ。
 その過程で、未成熟だった自己愛がより成熟してい
 く面もあるが、自己愛の段階に執着した存在にとっ
 ては、その過程を乗り越えることは容易ではない。
 自分のことにもっと熱中していたいのに、それを妨げ
 られるということも起きる。自分が誰かに頼っていた
 いのに、自分が支えなければならないという事態に
 直面する。
 自分自身を肯定的に捉えることのできる人は、他者
 とも信頼関係を築きやすく、必要な時に助けを求める
 こともできる。しかし、自己愛障害を抱えた人では、
 自分自身に自信がなく、いわれのない自己否定に
 囚われていることが多い。
 
 自己愛障害を抱えた人では、子ども持つことに消極
 的になったり、時には、嫌悪感さえ抱くこともある。
 自分が嫌いなのに、自分の複製など欲しくないとい
 う気持ち・・・愛する人の子どもを欲しい気持ちととも
 に、しかし、自分と似ていたらどうしよう、自分と同じ
 ことで、その子が苦しんだらどうしよう、と両方の気
 持ちの間で揺れ動くこともある。

 自己を否定的にしかみられない人では、他者に対
 する信頼感も不安定である。自分も信じられないの
 に、他人を信じることなどできないのである。その
 根底には、基本的安心感や信頼感が傷つけられ
 ているという状況がある。それは、愛着障害のよう
 に幼い頃の養育の問題で生じることもあれば、その
 後の外傷的な体験によって生じることもある。

 シックマザーの子どものパーソナリティの特徴は、
 実のところ、シックマザー自身の特徴と少なからず
 重なっている。それは、シックマザー自身がシック
 マザー体験を生き延びたサバイバーであることが
 少なくないという事情から来るのである。シックマ
 ザーは、病気の障害という傷を負っているが、それ
 以前に何らかの傷を負っていることが多い。虐待や
 いじめを受けていた場合や親から過度のコント
 ロールを受けていたというケースにもよく出会う。
 かつての傷が脆弱性を生み、新たな傷が過去の
 情動的状況を再現するだけでなく、いわばブース
 ター効果を起こして、今受けているダメージ以上の
 損傷を与え、力を奪っているという状況である。