星新一の場合#22021/01/30 16:30


>新一は農学部に進んだが、これも星製薬の将来を
 見据えてのことだった。星製薬は、生産拠点を満州
 などの外地に多く移していたこともあり、戦後巨額の
 損失を出した上に、抗生物質の開発にも後れをとっ
 た。当時は、黴や土壌中の細菌からの抗生物質抽
 出精製技術が、製薬業者の将来を左右する課題で
 あった。
 しかし、その学生ぶりもはなはだ怠惰なものだった。
 父親が昭和22年、脳出血で倒れ、半身麻痺になって
 しまったため、新一への期待と負担は一層重くなった。

 そんな折、彼の人生に大きな影響を落とすことにな
 る悲しい出来事が襲う。それは親友の死であった。
 自殺であった。・・・ついには、新一自身が精神的に
 参り、東大病院に通うところまで追い詰められた。
 彼は電気ショック療法も受けた。
 新一のデビュー作『セキストラ』は、電気処理機によ
 り、性欲と同じ快感が得られて、精神が性欲から解
 放されるという話である。そこには、煩わしい心理
 的操作を飛ばして、機械的な操作で問題を解決す
 るという思考パターンが認められる。

 新一が振り返った彼自身の回避的な傾向が赤裸々
 に、そして痛ましいまでに語られている、親友の
 一周忌に寄せた「思ひ出」(追悼文)には、「私は人
 生について深く考へる事は余り好きではない。我々
 の生きている事について、何故とか、何の為とか
 考へた事はない。そのような事はなるべくそっとし
 ておく事にしている。深く考へる事に自分の性格
 が堪えられるかどうかが恐ろしいのである。すべ
 て私の生活はかくの如くごまかしであるので・・・」

 その頃、新一は国家公務員試験を受けた。その理
 由について「別に国家再建の使命感に燃えたから
 ではない。私の如く怠け者で、他人にお世辞が言
 えず、口先だけで実行力がなく、能率的でもないと
 いう、性格に欠陥のある人間は、とても民間の会
 社には向かないだろうと考えたからである」

 実際、回避性パーソナリティの傾向を持った人で
 は、公務員になりたいという人が少なくない。
 クビになる心配が少ないという安定性と、おとなし
 く上の言う事を聞いて仕事していれば、何とか勤ま
 るという点が、このタイプの人のライフスタイルに
 合っているのだろう。
 回避性の人では、図書館員や大学の研究室の仕
 事は、憧れの仕事と感じている人も少なくない。
 回避性の人は、現実の仕事だけでなく、それとは
 別の逃避場所を必要としている。