2005.06.17 ― 2005/06/17 05:10
山博・企画展
播隆の
綱をたぐりに
山博に
(大町)市立大町山岳博物館 企画展「播隆・槍への道程」を
拝見しました。槍ヶ岳開山僧の播隆は、松本駅々頭に立って、
登山者を今でも迎えています。
企画展を取材してきました記者さんが、あれだけ集めたところ
に価値があると仰られましたので、出かけてみました。
展示品の中に、「ワラナワ」が一束、参考展示として出され
ていました。ジョークなのかユーモアなのか戸惑いましたが、
企画の副題に、「善の綱をたどれば」と付けられていますので、
キャプションを読みますと、四回目の登頂時、ピーク付近に、
後の登山者の為に藁製の太い縄を木製の鈎で岩壁に掛けた、と
思われる由。ご本尊仏像と五色の糸で結ばれる様なものです。
もちろん、今は鎖に替えられています。
1826(文政9)年、初登頂
1835(天保6)年、五回目の登山(最後)
1840(天保11)年、往生
播隆の
綱をたぐりに
山博に
(大町)市立大町山岳博物館 企画展「播隆・槍への道程」を
拝見しました。槍ヶ岳開山僧の播隆は、松本駅々頭に立って、
登山者を今でも迎えています。
企画展を取材してきました記者さんが、あれだけ集めたところ
に価値があると仰られましたので、出かけてみました。
展示品の中に、「ワラナワ」が一束、参考展示として出され
ていました。ジョークなのかユーモアなのか戸惑いましたが、
企画の副題に、「善の綱をたどれば」と付けられていますので、
キャプションを読みますと、四回目の登頂時、ピーク付近に、
後の登山者の為に藁製の太い縄を木製の鈎で岩壁に掛けた、と
思われる由。ご本尊仏像と五色の糸で結ばれる様なものです。
もちろん、今は鎖に替えられています。
1826(文政9)年、初登頂
1835(天保6)年、五回目の登山(最後)
1840(天保11)年、往生
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