『ペスト』#272020/05/18 16:36


>リウーは心の平和に到達するために取るべき道について、
 タルーには何かはっきりした考えがあるか、と尋ねた。

 「あるね。共感ということだ。・・・結局、僕が心をひかれるの
  は、どうすれば聖者になれるかという問題だ」
 「だって、君は神を信じていないんだろう」
 「だからさ。人は神に拠らずして聖者になれるか、これが今
  日僕の知っている唯一の具体的な問題だ」
 「とにかくね、僕は聖者より敗北者の方にずっと連帯感を感
  じるんだ、聖者なんていうものよりも。僕にはどうもヒロイズ
  ムや聖者の徳などというものを望む気持ちはないと思う。
  僕が心を引かれるのは、人間であるということだ」
 「煎じ詰めてみれば、あんまり気の利かない話だからね、ペ
  ストの中でばかり暮らしてるなんて。もちろん人間は犠牲者
  たちのために戦わなきゃならんさ。しかしそれ以外の面で
  何にも愛さなくなったら戦っていることが一体何の役に立
  つんだ?」

>喘息持ちの爺さんは、ひどく興奮しきった気配で、リウーと
 タルーを迎えた。
 「もうしめたもんでさ!奴らまた出て来ましたぜ」
 「誰が?」
 「誰って、鼠でサ!」
 4月以来、鼠の死体は一匹も発見されていなかった。
 「まったく見ものですぜ。奴らの走り回ってる様子は。それこ
  そ楽しくなるようだね」