『ペスト』#122020/04/29 16:19


>戒厳令と消燈令とで完全な闇の中に沈んでしまった町は、こ
 の時もう生気を失った巨大な立方体の集合に過ぎず、その間
 にあって、忘れられた慈善家たちや、永久に青銅の中に封じ
 込まれたかつての大人物たちの無言の肖像だけが、石ある
 いは鉄製のそのまがいものの顔をもって、かつて人間であった
 ものの落ちぶれた面影を呼び起こそうとひとり試みているの
 であった。
 これらの陳腐な偶像は垂れ込めた空の下で、生気の絶えた
 四辻にその身をひけらかしていたが、無感覚な愚鈍者のよ
 うなその姿は、今や我々の突入した不動状態の時代、ある
 いは少なくともその終局の様相を、かなりよく象徴していた
 のである。

>しかし、暗夜はあらゆる人々の中にもあり、そして埋葬のこ
 とに関して伝えられる真相も伝説も、共に市民の心を安んず
 る体のものではなかった。
 この期間中を通じていつも埋葬があったことであり、そして
 埋葬について心を悩ますことも、すべての市民が余儀なくさ
 れた。(一例を示せば)海水浴は禁止されてしまっていたし、
 そして生きている人々の一緒に過ごす社会は、死者たちの
 社会に席を譲らねばならなくなることを、来る日も来る日も
 絶えず恐れていた。

 明白な事実というものは恐るべき力を有するものであり、最
 後には常にすべてのものに打ち勝ってしまう。
 初めの頃、我々の葬式の特徴をなしたものは、迅速さという
 ことであった。すべての形式は簡略化され、そして一般的な
 形では葬儀の礼式というものは廃止されていた。
 病人は家族から遠く離れて死に、通夜は禁止されていたの
 で、結局、宵のうちに死んだ者はそのまま死体だけでその
 夜を通し、昼の間に死んだ者は時を移さず埋葬された。もち
 ろん家族には知らされたが、しかしたいていの場合は、その
 家族も、もし病人のそばで暮らしていた者なら、予防隔離に
 服しているので、そこから動くことができなかった。
 家族が故人と一緒に住んでいなかった場合には、その家族
 は指定された時刻に出向くのであったが、その時刻というの
 は遺体が清められ、棺に納められて墓地へ出発する時刻
 だったのである。
 広い物置小屋に死亡者たちの棺が収容されている。その廊
 下に、家族のものは既に蓋を打ち付けられてしまった棺が一
 つだけ置いてあるのを見出す。早速人は最も重要な事柄に
 移るのであるが、それは戸主にそれぞれの書類に署名させ
 ることである。次いで遺体を自動車に乗せる。身内の人々は
 許されているタクシーの一台に乗り、そして全速力で車は
 外部の街々を通って墓地に達する。入り口で憲兵が一行
 を止め・・・車は幾つもの墓穴が満たされるのを待っている
 一区画の近くまで行って停車する。一人の司祭が遺体を迎
 える。というのは、埋葬の儀式は教会では禁止されていた
 からである。
 棺が穴の底に当たり、司祭が灌水器を振ると、早くも最初の
 土が蓋の上に跳ね返る。
 救急車(大きな救急車を改造して棺を乗せている)は消毒液
 の散布を受けるために少し前に帰ってしまい、そしてショベル
 に掬われる粘土が次第に鈍くなる響きを立てている間に、家
 族の者たちはタクシーの中に潜り込む。15分後には家に帰り
 着いているのである。